さん付けの流儀

12/12(木)

バイトで毎週京都に通うことになった。今朝は7時過ぎに起きて8時20分くらいの電車に乗った。予想はしていたが酷い混みようで、大変な人工密度のなか大阪駅までの数十分の苦行を耐え忍んだ。理不尽な(と私には思える)乗客の振る舞いに心がささくれ立つ感覚になるのも久々のことで、腹立たしいと同時に自分の心の狭さも再確認させられるようで非常にストレスだった。大阪駅に着いた時には心身ともにすっかり消耗してしまっていた。ここから京都までの道のりを思うとうんざりしたが、新快速の車内は席には座れないまでもすし詰め状態には程遠く、ゆとりをもって壁際に立つことができたので助かった。京都駅でバイト先の人々と落ち合い、タクシーで客先に向かった。バカでかい建物の中のバカでかい会議室に通されて打ち合わせに参加した。合計20人を超える人々がいた。その2時間の打ち合わせ中、私が発言することはなかった。仕事の話はほぼ理解できなかったけれども、同席していたバイト先のシャチョーが自社のメンバーに話を振ったりする際に「さん」付けで呼んでいたのが印象に残っていて、私はそれをとても好ましく思った。いにしえのビジネスマナーに従えば、客の前では自社の人間は呼び捨てにすべきなのかもしれないが、そうした、彼我・ウチとソト・客とわれわれ、を明確に区別する言動に何か良いことがあるのだろうか?このシャチョーのように誰に対してもリスペクトをあらわにして、客もわれわれも一体のチームとして扱うような言動の方がよほど場を円滑に廻すことができるのではないか、というようなことを思ったので今回のバイト自体も前向きに捉えることができた。移動のしんどさはネックだが。

客先での打ち合わせは昼過ぎに終わった。そのまま京都で解散となれば観光のひとつでもしようと考えていたがそううまい話はなく、昼食をとった(蕎麦を奢ってもらった)後はバイト先のオフィスまで戻って社内メンバーと打ち合わせした。社長は私の何を気に入っているのか知らないが、他の人々に私を紹介する際にやたらと褒めそやすようなことを言うので閉口してしまった。人々は(当たり前だが)懐疑的な面持ちだった。内外に対する期待値のコントロール(そしてある程度の成果を早期に出して信頼獲得すること)が必要になりそうだ。どうなることやら。

社内打ち合わせの後は、シャチョーのワークルーム兼打ち合わせルームの片隅の机を借りて作業していたのだけど、社内の人々が次々と打ち合わせに訪れていた。自然と耳に入ってくる彼らのやりとりを聞いて私は、こんなに活発な人々の中に入ってうまくやれるだろうか・成果を出せるだろうかという獏とした不安に襲われたのだった。どうなることやら。

バイト先を辞去した後は京橋まで歩いてカレーを食べてドトールで休憩してから森ノ宮まで歩いてナチュラルな感じのスポーツ用品店で長距離ウォーキング用のスニーカーを購入した。店員さんが豊富な知識でもって幾つかのシューズをピックしてくれて、ALTRA・On・そしてHOKA ONE ONEなどブランド名だけは知っていたシューズを色々履けて楽しかった。結局HOKAのCHALLENGER ATR 5という本来はトレッキング用のモデルが履いてみて一番面白かったのでこれを選んだ。店員さんが「転がるような感覚」と表現していたがまさにそのとおりで、自然と足が前に進むような初めての感覚が良い意味で違和感満載で少しためし履きするだけで愉快な気持ちになった。満足度の高い買い物が出来た気がする。あわせてサポート機能付きの靴下も購入した。リアル店舗でものを買う良さを大いに感じさせてくれる素晴らしいお店だった。

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歩き回りたいと思う。