お見舞い

7/21(日)

朝早く起きる。選挙の日、だけど自分は期日前投票を済ませていたので気が楽なような、あるいはお祭り騒ぎから疎外されているようなそわそわした感覚になる(というほど世間は盛り上がってなかったらしいが)。チャーハンを作って食べてから体を動かしてシャワーを浴びて少しボーッとして昼前に出かける。

実家を訪れる。母が作ってくれた昼食を摂り、それから二人して自転車で病院に向かう。人と並んで自転車を漕ぐのはいつぶりだろう。漕ぐ速度や車道を渡るタイミング、前から来た人を避ける方向などいちいち足並みが揃わなくて、動体視力やら体力やらもぜんぜん違うんだから当たり前と言えばそうなのだけど、家族由来の一体感のようなものはすっかり失われてしまったようにも思えた。あまりに長く離れすぎていて、今となっては元々そんなものがあったかすら定かでないが。病院までの道すがら、ぽつりぽつりと会話をしたが母は投票には行かなかったそうだ。日常に追われている人だから無理もないと思うけれど、少しバツのわるい様子で言う姿が哀れっぽい感じがする。

外来患者のいない休日の病院は陰鬱な雰囲気があって、しかしエレベーター前に設けられたパイプ椅子2席の面会受付の前だけは盛況だった。自分ももう良い年だけれど、10人近く並んでいる面会者の中ではおそらく圧倒的に若い。受付を済ませてネックストラップ付きの面会者カードをもらい、会社員を辞めて無縁になった感触を首に感じて懐かしくなる。

古く狭いが空調は良く効いた二人部屋の病室に祖母はいて、それなりに元気そうだった。急性肺炎で入院することになった、と母から聞いた時には驚いたけれど、熱はすっかりひいて意識もはっきりしていた。元々認知症を患っている祖母は、日によって受答えに波があるのだが、今日はしっかりと会話することができた。普段どおり、むしろ調子が良い日なのではないかと思われて安心した。それでも、「頭はボケても体は頑丈なままや」が口癖の祖母自身は、80歳を超えて初めて大きな病気をしたことに少なからずショックを受けている様子もあって、母が席を外して二人で会話している時には弱気な発言もあった。

頭に続いて体も悪くなったらもう何もできひん。昔は毎日プールで泳いだりしてたんやけどなあ、そんなんもう無理やし。もっと体使わずにできる趣味を持っておけば良かった。こうやって病院におっても唯ぼんやりしてるだけ。何も楽しいことない。本を呼んだりテレビを見る気力もないねん。XXX(私の名前)も、若いときから一生モンの趣味見つけときや。そんなんはひとつひとつの積み重ねやからな…

頭が鈍って、体をうまく動かせなくなって、物語を享受することにも疲れた時、いったい何が自分に残るだろう。何も楽しいことはない、と悲しげに言う祖母のことを不憫に思うと同時に恐ろしさも募ったけれど、彼女が日々のことを忘れないように書いている日記用のノートには病院食に対する不満と退院したら食べたいものの献立が書き付けてあって少し救われた気になった。食への貪欲さは命に対する貪欲さそのもののようにも思えるし。