あの頃

去年の暮れに、物件探しに関するエントリを読んで面白いなあと思ってフォローして、僕もこのブログをはじめてからは緩くつながっていたブログの中の人が東京の文学フリマで出した同人誌『生活は夢日記』を送ってくれた。

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薄い本としてはそこそこにボリュームがあって、2つの短編小説と、それに挟まれるようにして十数年前の日記『後方からの手紙』が収録されている。2007年とその翌年にかけて、高校を辞めたりバイトしたりヤンキーの友人に振り回されたりする、ドロップアウト気味の作者の生活が記録されていて、僕は岡崎祥久なんかのフリーター文学が大好きだからこの日記もとても面白く読めた。作者と僕は性別も境遇も違うし、歳だって同世代とは言えない程度にずれているので、書かれている内容にドンズバ共感するといったことはなくて、ただ純粋に軽妙な日常の描写が心地よかった。携帯小説に対する偏見は笑った。分水嶺となるような劇的な出来事の日の記録は恐らく意図的に除かれていて、だからこそ滑らかに、でも確実に変化を伴って流れる日々の様子に想像の余地が広がって楽しい。そして、随所に登場する当時を感じさせる固有名詞--ROSSOや椎名林檎やよしもとよしとも--がトリガーになって、僕自身もついあの頃を追想してしまう。

2007年当時、僕は大学生で、はてなダイアリーをプライベートモードにして誰にも見せないブログを書いていた。『生活は夢日記』を読むまでそのこと自体ほとんど忘れていた。ブログは既に畳んでいるが、内容はテキストファイルに落としてDropboxに保存していて、それを昨日、何年ぶりか分からないほど久々に読んだ(Dropboxのパスワードを思い出すのに苦労した)。『アディクトしたいなー』という題名のそのブログは、大学に入った直後から始まっていて、モラトリアムの中で夢中になれるものを探そうともがく僕の鬱屈した感情の掃き溜めだった(人目を意識しない文章だからそれはもう酷い)。”とにかく何か始めなきゃ”という思いだけはあって、でも易きに流れて結局何も為さない日々の焦燥と後悔が書かれていた。そして社会人2年目が終わる頃の日付で唐突に終わる(まあその後はEvernoteに移行しただけなんだけど)。読み返してみて、2007年当時と現在の、やってること考えてることのあまりの変化の無さに恐れ慄く。煎じ詰めれば夢中になれるものへの渇望がいつでも根底にあって(未だに!)、その代替として恋人や仕事へ活路を見出そうとしては失敗を繰り返して。本質的にはひとりが一番安らぐ自分の気持ちと社会的な規範意識のジレンマの中で支離滅裂な行動をとっては間違える。純粋な好奇心の影にある功名心の気配を恐れてコレが好きだと自信を持って言えない。相対化のあわせ鏡に囚われて己の感情すら素直に引き受けられない。今もぜんぜん変わっていない。さすがにある種の諦念みたいなものは出てきたので昔よりは少し生きやすくなってる気はするけどね。

という具合に、『生活は夢日記』、思わず盛大な自分語りもしたくなっちゃうような、色々な想いを喚起してくれる本だった。最後に収録されている短編小説『ボーン・スリッピーが聞こえる』については、上手く言えないけれど、良い小説を読んだ時の、あの背筋がゾクッとする読後感を確かに感じることができた。この人いつか大物になるのかな。そしたらこの同人誌持ってることは自慢になるな。負けてらんねえ、自分も小説書く!とはならない自分には少しガッカリするけれど、とにかくこれからの作品も楽しみに応援しています。良い読書体験をありがとうございました。