指先のぬくもりは有料/追憶の餃子

3/20(水)

昼前に起きる。13時前に家を出る。自転車を漕いで街に向かう。スウェットに大きめのシャツジャケットを羽織っている。すっかり春の装いといった感じ。まずヘッドスパに行く。新メニューを紹介されたので試しにお願いする。いつもはタオル越しに頭を触られるのだけど、新メニューでは直接生身の手がわたしの頭皮をまさぐるものだから指先から人の体温を感じてゾワゾワする。次第に快感に変わる。そしてとてもリラックスする。手ぐしされるのが好きだったと思い出す。ほぼ寝落ちしつつ施術終了。体が軽くなった感じがして満足する。新メニューはとても良かった。また頼みたいと思う。ふわふわした身体で先日壊れたメガネが修理されたというので取りに行く。修理といっても、結局同じフレームを購入してレンズを入れ替えてもらう形になったのだけど。ともあれ、かけなれたメガネが戻ってきて落ち着く。ヨドバシカメラに行ってコンデジを見て回る。

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SonyのRX100Ⅲというちょっと前の機種が最もバランスが良く感じた。GRⅡも良さそうだと思ったのだけど、屋内で猫を撮影することも考えるとオートフォーカスの弱さがネックになるのか?などと思う。見た目はRX100ⅢもGRⅡも甲乙つけがたく好みだった。あとはどちらがどれだけ安く買えるか中古も含めて見てみようと思う。本命視していたCanonのG7X MarkⅡは想像よりも大きく重く感じてしまい、一旦候補から除外する。ただ横に並んでたG9X MarkⅡがコンパクトで値段も手頃だったので良いかもしれないと思い始めている。GRⅢは筐体の縦横比のバランスが悪く感じたのとちょっと雰囲気がオシャレ過ぎる感じがしてこれも除外。スーパーで買物してから帰宅しておやつにパンを食べたら激烈に眠くなり仮眠のつもりで横になって寝て起きたら日が新しくなっている。

3/21(木)

そこから朝まで起き続けて、7時ころからおもむろに餃子を作り出す。朝餃子。

レシピは特に参照せずに、といっても餃子にレシピなんてあってないようなものだけれど、タネの調味は記憶を頼りに再現する。かつて教えてもらった味付け。にんにくはほんの少し、しょうがは多め、酒と醤油塩コショウ少々にごま油多め。鶏ガラスープの素も少し。以前はよく餃子を作ったものだなあ。とりとめのない話をしながら餃子を包むひとときは楽しいものだった。今はひとりしんとした朝の雰囲気の中で餃子制作に没頭している。それはそれで乙なものだと思う。何にせよ、ひとりとふたり、両方の状態を知っているからこそ対比して享受できている。

少し焦げてしまったがそれなりに上手くいった。そういえば焼きの作業はあまりやってこなかったなと思い出す。記憶通りの味、良い出来栄えだった。

なんというか、やはり大抵のことは時間が解決するんじゃないか。良くない結末を迎えた一連の出来事も、時間が経つにつれて結末からフォーカスが外れ、エピソードレベルに分割されたひとつひとつのぼんやりと好ましい記憶として捉えられるようになっている気がする。そして稀に記憶の泡となって思考の表面に浮き上がってくるような感覚がある。今わたしはそれを楽しめている。餃子はおいしいし思い出は美しいし。幸いなことだと思う。

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夜になって初めて外に出てみたら空気が湿っていて霧がかっている。すこし幻想的な雰囲気がある。ではここで霧から連想した素敵な曲をご紹介します。連想というか曲名そのまま。これといった思い出には結びついていないけれど、昔良く聴いた、ただただ美しい曲。


The Miceteeth - 霧の中