先人との対話

 3/15(金)

夜中から明け方にかけてAmazonPrimeで映画を観る。

クワイエットルームにようこそ
 

少し寝て起きて昼過ぎに家を出る。土っぽい色のカジュアルなセットアップの中に灰色のスウェットを着てキャップを被っている。シュラスコの店に行き、南から来た古い知人と落ち合う。若々しさの一切無い浮浪者みたいな格好やなと笑われる。近況を報告し合う、前にどんどん肉が供されるのでひとまず食べることに集中する。

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彼は20代の頃に3年ほど無職をしていて、その時に飯をおごったりしていたので今度はわたしが無職になった記念にご馳走してもらったのだ。そんな彼も今では忙しく働いていて、同棲している恋人と結婚するとかしないとか*1。彼に言われたのは、20代の頃の無職は気持ち的にも余裕があったがいまの歳でやろうとは思わない、リスクが高すぎる、ということだった。社会復帰を前提とすれば特に否定のしようもない正論だ。どうもわたしは何事にも動き出すのが人より一周遅いようなところがある。それがわたしのペースというものなのだろう。彼はそれ以上批判めいたことは言わず、まあ気軽にやれや、と面白がっている様子で言った。彼の一見軽薄そうな態度は好きだ。変に深入りせずにつかず離れずお互いの行く末を定期的に観察し合うような間柄が心地良いと改めて思う。2時間食べ続けて、店を出た後は満腹の腹ごなしがてら周囲を散策して無印良品に寄ったり(パンツハンガーを購入した)、何年ぶりか分からないほど久しぶりにゲームセンターに寄ったりした後に解散した。多少歩き足りない感じがしたのでひとりで散策を続け、心斎橋から本町まで歩き、船場センタービルでペルシャ絨毯を眺めるなどしてから電車に乗って帰宅した。いまのわたしは平日の昼間から出歩くことそのものに楽しみを見出している所がある。その楽しみはいつまで続くのだろうか。一過性の「無職ハイ」の後何が起きるのか。それを知るのもまた楽しみだ。

*1:もしかすると初めて結婚式というものに出席できるかも知れないな