情けなくて惨めだけど少し嬉しい気持ち

ペットSNS

全面的に自分語りなのですが。いわゆるペットSNS的なアプリがありますね。飼っている犬猫の写真をユーザ同士で共有して星をつけ合ったりするような。私のようにペットを飼っていなくても、アプリをインストールさえすれば他のユーザがアップした写真を見ることは可能です。かわいい猫の写真がたくさん見られるので私もスマホにアプリをインストールして度々見ています。

かつて身近にいた猫

アプリのことを知ったのは3-4年前、当時の恋人が猫を飼っていてそのアプリを使い始めたためです。私が初めてその猫と会った時、彼女は生後1年弱の若い猫でした。そこから恋人と別れるまでの約2年の間、その猫は身近にいました。後半の1年くらいは恋人の家でほぼ同棲していましたので、猫ともそれなりに親密な間柄になれたと思います。シャムミックスの小柄なメス猫でとても美しい顔をしていました。野良猫として保護された時から尻尾が短かかったためあまり高くジャンプできない猫でした。

情けない気持ち

恋人と別れた後も、私はアプリを使って猫のことを度々覗いていました。一義的には猫のことが気になっていたからだと信じたいですが、元恋人の生活を垣間見たいという気持ちがあったことも否定できません。アップされる写真には見覚えのある部屋の一部が写り込んだり、写真に添えられたコメントから近況が伺えました。別れるときはどちらかというと私の方の気持ちが途切れた形だったのですが、今となっては未練がましく監視めいたことをしているのは私の方なのでした。それを客観視するにつけ、私はとても情けない気持ちに苛まれました。それでもアプリを覗くことは続けていたのです。

惨めな気持ち

そして今日、何週間かぶりにアプリを開いてみましたら、そこにはゼクシィの上に寝転んだ猫の姿がありました。元恋人は結婚するようです。付き合っている時も度々結婚願望を口にしていましたから、私と別れた後もしっかりと活動していたのでしょう。しかしこれまでアップされた写真には何もほのめかすような要素は無かったので、いきなりのゼクシィには息が止まるかと思うほど驚かされました。それはもちろん彼女の成果ですし、結婚から逃げた私が抱くべき思いは「あのときはごめんなさい」そして「おめでとうございます」しかない筈なのに、どうしても惨めな気持ちになってしまうのでした。元恋人のことを未練に思っているわけではないと思います。結婚自体を羨んでいるわけでもない筈です。何かを成し遂げた彼女と、停滞・後退している自分を比べて取り残されたように感じてしまっているのかも知れません。

少し嬉しい気持ち

惨めさは強いですが、こんな気持ちになれたこと自体を少し嬉しく思ったりもします。人と付き合い・別れ・その後も(良い悪いは別にして)刺激を受け続ける、私のような人間にこんな経験ができるとは思っていませんでした。元恋人とは、最終的には回避不能な価値観の相違が顕れて別れてしまいましたが、付き合っていた期間は楽しいことも多く、こんな自分でも他人と楽しく生活できるのだと思わせてくれたこと、素晴らしい思い出を残してくれたことについては感謝の念しかありません。今後、私に新しい出会いが訪れる見込みは少ないようにも思いますが、これまでに貰った経験と思い出があればある程度はやっていける気がしています。そう思えることが少し嬉しい。

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こういう変な写真にも思い出が宿っている
結婚式について

ところで私は30年以上生きてきて一度も結婚式に呼ばれたことがありません。友人がいないためです*1。世に言うご祝儀貧乏とは一切無縁です。しかし一度くらいは出席してみたいなあ・・・と思ったりもします。いっその事、元恋人が招待してくれないだろうか。実は私に対して強い恨みを持っていて、幸せな姿を見せつけて復讐してやろうとか考えたりしないものかな。漫画だとそんな展開良くありますよね。こんなことを思うのも未練の表れなのでしょうか。自分で自分の気持がわかりませんが、まだアプリはアンインストールできそうにありません。また、しばしば、覗き見してしまうのでしょう。我ながら気持ちが悪いと思いますが、ひっそりこっそり勝手に惨めになったり嬉しくなったりするだけなので、どうか許して欲しいなと思います。

*1:同窓会に呼ばれたこともありません。